今日は大賀博士が生まれた日です。

明治16年(1883)に吉備町小西(現・岡山市北区川入)に生まれました。

後に11人の弟妹が出来ました。

明治23年(1890)岡山市東田町に移住。

明治34年(1901)県立岡山中学校(現・県立岡山朝日高等学校)を卒業。

明治35年(1902)岡山基督教会において洗礼を受け入会。

明治35年(1902)上京し第一高等学校二部に入学。

博士は岡山で過ごされたのは18年と短い期間でしたが、

晩年、「私にとって故郷ほど懐かしいところはない」と言われていました。

「里を出でて六十二年をへたる今日とものなさけに一夜あかせし」

この詩句は博士直筆の書として我保存会会員のところにあります。

博士は帰省されるたびに、たくさんの書をのこされています。

吉備公民館と庭瀬城址内堀の大賀蓮に銭葉が出ています。

 

吉備公民館の鉢は小さな鉢ですが、

元気いっぱいたくさん出ています。

庭瀬城址内堀の7番鉢の様子です。

今年の植え替えの時に、鉢全面を掘り返さず、

実験的に左側半分だけ掘り返して蓮根を取り除き、

右側半分はそのままにしておきました。

写真の右側に銭葉がたくさん出ていました。

今後左側に少しずつ広がっていくことと思います。

庭瀬城址内堀の3番鉢(保存育生用)の様子です。

昨日、大賀蓮の植替えをしました。

今年から、鉢の中で作業するため、ハスの芽が動き出す前に

取り掛かった方がよいと思い、例年より一か月ほど早めに実施しました。

 

鉢1基の半分を掘り返して出てきた蓮根を取り除き、

残り半分は掘り返しませんでした。

今年の花の咲き具合を見て、あと5基の鉢の

作業方法を決めたいと考えています。

 

保存育成鉢は容器栽培のため、全体の半分ほどの土を取り除き、

容器の底から蓮根を取り出しました。

新しい田土と有機石灰を混ぜて、形の良い蓮根を3本植え付けました。

午前中の吉備公民館に続き我家の大賀蓮の植替えをしました。

今日は風が強く春も遠のいたような寒い日で、

妻の今日はやめた方がいいと言うのを押し切り頑張りました。

昨年、種から育てていた鉢は蕾がついたものの、花は咲きませんでした。

この鉢の中を裏返してみると、思ったより大きな蓮根が出てきて

うれしくなりました。

もう一つの鉢は、直径49僂糧です。

火鉢よりも大きいので種蓮根も3本取れました。

これがその中でも一番良いものです。

今日大賀蓮植替えをしました。

鉢の中で裏返してみました。

昨年植えた一本の蓮根からこんなに多くの蓮根が

火鉢の底で育っていました。

今年は、田土に赤玉土と有機石灰を混ぜてみました。

植付けできる蓮根は大きすぎたり、小さすぎたり、芽が折れていたりで、一本しかとれませんでした。


吉備大賀ハス保存会について

平成24年(2012年)4月設立。
この会は岡山市(旧吉備地区)で生まれた大賀一郎博士の業績を後世に伝える。
又、庭瀬城址の大賀蓮を管理し、育生エリア拡大を進める。
吉備大賀ハス保存会へのお問い合わせ・ご連絡は岡山市立吉備公民館まで。

Calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

Archive

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Link

Profile

Search

Other